サント・ヴィクトワール山
2024.10.04小林秀雄は、私が生まれる3年前1947年に上野の東京都立美術館でゴッホの絵を観て衝撃を受けへたり込んでいる。それから私が2歳のとき1952年にオランダでゴッホ百年祭展覧会を見ている。(それが「ゴッホの手紙」を書くきかっけとなる)それから50年経った2002年に小林秀雄の孫である白洲信哉(白洲次郎の息子さんと小林秀雄の娘さん夫婦の子)氏はオランダのアムステルダム・ゴッホ美術館と、クレラー・ミューラー美術館で開催された「ゴッホ生誕150年祭展覧会」を訪れている。祖父小林秀雄の美を求める心と「眼」を辿るために。その「ゴッホ生誕150祭展覧会」への紀行文のでは、途中セザンヌの故郷、エクス・アン・プロバンスに寄って、サン・レミやアルルとゴッホゆかりの地を歩いている。そしてセザンヌが愛したサント・ヴィクトワール山が何度見ても感動すると書いている。遠くからでも印象的なその白い山肌は、近くで見ると怖いくらいに迫ってくる。そして石灰質の岩は、見る場所、時間、光の当たり具合でまったく違った表情を見せる。日本流で形容すれば神山であろうか。と書き。それからニースへと向かい、途中ゴッホから話が逸れるが、ヴァンスのアンリ・マティスの「ロザリオ礼拝堂」に行っている。あのマティスの礼拝堂内のステンドグラスを見てまた感動している。・・・ ゴッホの絵に辿りつくまでに人間が解る。このような人のこのような文章に出合うと嬉しいと思うと同時に人間の環境についていろいろと思い巡らせます。