
家訓
2026.07.15少し心が下を向くときは大滝詠一と稲垣潤一両方の「バチェラーガール」を聴きます。雨は壊れたピアノさ・・作詞した松本隆の言葉に少し元気をもらいます。曲を作った大滝詠一もカバーしてる稲垣潤一も、らしくうまく歌っています。自分の好きな音楽や歌は心のエナジードリンクです。
保育園で若いお父さんお母さんに話をしたとき「『家訓』がある家庭は格好いいです」と話しました。うちには家訓はありません。話を聞かれた保護者の方が早速家訓を作ります。と言ってられると聞いて後ろめたくなりましたが良いことをしたとも思います。【いつも自分がしてないことやできないことを棚に上げて人に話します。私の教育信念は「自分のことは棚に上げて教育する」でした。生徒は自分ができないことも遙かにできるのです。】「先にあいさつする」家訓とか格好いいですよと軽い気持ちで話してしまいました。(家訓はあるがいいと真剣に思っています)私の家に代々家訓はありません。ですが父はどこから持ってきたのか「福澤諭吉の心訓七則」を私が幼少時からトイレの目前に得意げに貼って事あるごとに「心訓七則 心訓七則 あればよく読んどけ」とどら息子を見る目で私に言ってたのを思い出します。心訓七則は「一、世の中で一番楽しく立派な事は・・一、世の中で一番みじめな事は・・一、世の中で一番美しい事は・・で始まる七則ですが特に「一、世の中で一番みにくい事は、他人の生活をうらやむ事です。」をかなり多く言ってました。「ありがとうを言い合おう」「人に親切にする」「嘘をつかない」「恩を忘れない」家訓にいいかな。いやいや、違うだろう。うーん「家訓」は難しいです。
神の道を説いたトルストイは論語にも精通しています。「仁遠からんや、我、仁を欲すれば、ここに仁至る」も著書「文読む月日」にも出てきます。神も仁も自分の外にあるのではなく自分の心の中にあると教えています。トルストイの民話「愛あるところに神あり」では不幸のどん底にあった主人公マルティンが巡礼中の老人の言葉に生きる気力をとりもどします。そして、教えを受けて意識せず自然とあらゆる人に手を差し伸べ優しく親切に相対しました。そして神を実感するのです。神言い換えれば仁はマルティンの心の中にあったのです。
