理事長室
HOME / 竹原理事長の希望日記 / ピーナッツ
熱血理事長の希望日記

ピーナッツ

2026.09.25

過去は振り返らない。これからを思って今から55年前になる大学3年21歳の時、自由が丘のファミリアで500円で購入した缶でできてる「ピーナッツ」の鉛筆立てを見ている。あのファミリアの2階はパーラー不二家だった。その鉛筆立てに描いてあるチャーリー・ブラウンを見ている。大学生で知った米国コミック「ピーナッツ」に登場するチャーリー・ブラウンのあどけない顔とひょうひょうとした仕草と憎めない性格に心底ファンになりあの頃Tシャツをはじめ私の身の回りのあらゆるグッズはチャーリー・ブラウンが描かれていた。親友の呉服屋のボンボンはじめ友だちは私をチャーリー・ブラウンとかチャーリーとニックネームをつけそう呼ぶようになっていたくらいだ。「ピーナッツ」はアメリカで1950年に誕生している。私と同じ年生まれだ。「ピーナッツ」の物語の生みの親はチャールズ・M・シュルツだ。この生みの親を心から尊敬している。そう思うのは、シュルツが書いた1万7000回のコミックの物語はチャーリー・ブラウンの仲間たち(もちもんあのスヌーピーも)の日常生活でのほのぼのとしたストーリーの中に子どもたちのダメ、できない、困ったという心の悩み、葛藤をどう乗り越えるかを一貫したテーマとしているからだ。子どもたちに『なにくそ力』をつける信念があったのだ。「Good griefやれやれ、困った、お手上げだよ」この台詞が頻繁に登場することにもその意志が現れている。昨日の日記ではないが、チャーリー・ブラウンの「二人でここに座って、親友同士でサンドイッチを分け合う・・・これ以上のしあわせはないって断言できるよ!」のセリフやルーシーーの「しあわせは自分の図書カードを持っていること!」のセリフなどなどコミックには「しあわせ」はいつだって側にある話が数多く出てくるのだ。シュルツは1922年生まれ。2000年に77歳で亡くなって26年が経つ。娘のエイミーーさんは「父の願いは、『ただ人々を幸せにして笑顔にすること』でした」と言っている。チャーリー・ブラウンはルーシーに支えられ?50年間フットボールを蹴り損ないながら決して諦めずキックが成功するよう挑戦し続けている!これからもチャーリー・ブラウンは世界一の挑戦者となっていくだろう。

TOPへ